会社沿革 |
慶應4年 |
神谷弥吉、いぶし瓦の製造をはじめる。 (従業員数14名) |
明治32年 |
神谷弥太郎、いぶし瓦製造。卸及び販売業。関東、千葉から関西兵庫一円に、三州瓦販売網の拡張、開拓に、献身的努力をする。 |
大正9年 |
屋根工事業をてがけ、大林組、大倉組の下請けとして大建築物の工事を引き請ける。宮内省指定販売人に登録される。 (ダルマ窯3基 月産2万枚) |
昭和9年 |
神谷清九郎翁寿碑が建立される。 (林 洗十郎大将の揮毫による) |
昭和12年 |
塩焼赤瓦製造(単窯:月産2万枚) 総生産:4万枚達成 |
昭和30年 |
釉薬瓦製造開始(単窯:月産1万枚) |
昭和33年 |
(株)神谷清九郎商店設立 資本金500万円 |
昭和33年 |
高浜第一号トンネルキルン設備完成 (2行3段 月産10万枚) |
昭和40年 |
高浜第二号トンネルキルン設備完成 (2行2段 月産8万枚) 総生産 月産18万枚達成 |
昭和41年 |
高浜第一号トンネルキルン設備改善 (3行2段 月産20万枚) |
昭和46年 |
高浜第三号トンネルキルン設備完成 72m(4行2段 月産30万枚) 総生産 月産50万枚達成 |
昭和50年 |
半田第一工場完成 115mトンネルキルン1基 (3行2段 月産50万枚) |
昭和53年 |
半田第二工場完成 70mトンネルキルン1基 (4行2段 月産70万枚) |
昭和57年 |
半田第二工場 日本工業規格表示許可工場に認定される。 総生産 月産150万枚達成 |
昭和58年 |
半田第二工場設備全面改善 72mジェットキルン1基 (9行1段 月産90万枚) |
平成元年 |
高浜工場完成 76.4mジェットキルン1基 のし専焼 (11行1段 月産100万枚) |
平成2年 |
資本金1,000万円に増資 |
平成4年 |
社名変更。とする。 |
平成6年 |
半田第二工場 設備改善。76.4mジェットキルン1基 (9行1段 月産100万枚) |
平成8年 |
本社を半田市に移転 |
平成8年 |
柏配送センターを設立。 |
平成9年 |
東山梨センターを設立。 |
平成11年 |
南工場完成。 |
平成12年 |
製造部・半田第二工場及び生産管理課 ISO9002:1994認証取得 |
平成15年 |
製造部・半田第二工場及び生産管理課 ISO9001:2000認証取得 総生産 月産250万枚 |
平成20年 |
愛知ブランド企業認定 |
平成20年 |
半田第二工場で製造する「53A桟瓦」が日本工業規格(JIS)の適合性認証を取得。 |
平成20年 |
シノゲン瓦工業株式会社、碧南窯業株式会社との業務提携によるSKJグループを設立。 |
平成22年 |
製造部・半田第二工場及び生産管理課 ISO 9001・2008取得。 |